宵に映える


静かだった。
月ははっきりとその細い輪郭を表し、星もガラスの粉を撒いたようにちらちらと光を放っている。
淡くひかる空と対照に、海はその姿を隠すように暗かった。模造品のような闇は時折光を受けて波がその姿を表すことでその存在を主張している。
静寂と存在を強調するように波が鳴きつづけていた。
そしてそれに影響されたかのように船がゆっくりと揺れる。それはまるで子をあやすかのようで、そのとおり船はその揺り篭ごと深く眠っていた。ただ、二人を除いて。
甲板の上。柵に寄りかかりながら海を、そして水面に淡く映る月をサンジはぼんやりと眺めていた。否、眺めるというよりも視界の内に入れていただけなのかもしれない。
ただ、隣で胡坐をかきながら酒瓶と戯れるゾロの様子を肌で感じながら感覚が張りつめる。吹き抜ける風は湿気を含みそして冷たい。
隣同士に並びつつも向く方向は間逆のまま、視線は絡まない。それでもきっと考えていることは同じなのだという妙な確信があった。
会話は無い。どうしてこんな時間に待ち合わせたかのようにお互いが同じ場所にいるのか、そんな理由も考え付かない。ただ一緒にいる、それだけのことだ。
酒瓶を傾けるたびに小さく水音がする、それは絶えず響く静かな波音とはまったく異質のもので、少し不思議な気もする。海水も酒も、所詮は液体であるというのに。
くだらない思考を繰り返しながら、ふとサンジはそれでも始終隣を気に掛けている自分に気づく。
いや、最初から気づいていた。しかし自覚は常に前向きに働くものなのかどうかは今のサンジには判断しかねる事柄である。
ひとつため息をついて、そっとタバコを取り出した。幸いライターも箱の中に入れてあったらしい、一本銜えて火をつける。シュボ、とまた異質の音が小さく響いた。
煙はゆっくりと空に溶ける。大きく息を吸えばその先端にともる灯りが弱々しく明るさを増した。
静かだった。
そして不意に体の向きを変えその場に座り込んだのは、単なる気まぐれではないのだろう。空のレプリカのような海と夜のしじま、その双方がそうさせたのだとサンジは思った。それは下らない言い訳だろうか。
「なぁ」
言葉とは思ったよりも響くものだ。それは夜の静寂のせいだったのだろうが、しかし予想よりもその声は音量を持っていた。
ゾロがちらりとサンジを見る。それは先を促すようで、サンジはどきりとして言葉に詰まった。
視線を受け止めることも出来ずサンジは暗幕の向こうの空へと視線を移す。
寄り添うように座り込んでしまった次の言葉も捜せぬまま、先ほどからの言い訳じみた思考だけが夜の風のように凛と冴えていた。
そしていつもより回数の増した心拍数は時の感覚を狂わせる。
「お前さァ」
果たして言うべきだろうか。今更に緊張を感じながらも、サンジは努めて冷静な表情を崩さぬよう口にした。
くゆる煙が風に流されて消える、その姿をぼんやりと視界の端に捕らえてはまるで今の心境のようだとサンジは思う。
ゾロはただ無言で先を待っている。もはや誤魔化しなどきかぬことをサンジはよく理解していた。
「ここ最近、よく俺のこと見てただろ」
声音は思ったほど揺れてはいなかった。むしろ平常となんら変わりなかったのかもしれない。それはサンジを安堵させ、反対にゾロの視線をサンジからそらさせる原因となったらしい。
酒瓶の底が甲板の木目にぶつかる鈍い音が響いた。
そして小さなため息。それはどちらかといえば心境的な意味合いは少なかったのだろう、ゾロの表情もまた平常となんら変わるところはなかった。
「気づいてたのか」
そしてもはやこの後の台詞も心境も酒のせいにすることなど出来ないことを知っていた。
「当たり前だろ」
サンジは少しだけ笑って見せた。しかしゾロの顔を見ることはしない。その表情が相手に伝わるかなんてことはどうでも良かった。
もとより理屈など聞いてくるような柄でないことをサンジはよく理解している。だから言葉の理由だけ察してくれればいい。そう思った。
ゾロは再びサンジへと視線を移した。サンジのその視線の先にあるはどの星か、ただ吹く風は冷たくて頬を掠めるたびに痛みにも似た寒さを感じる。
この会話は茶番だ、とゾロは思った。
「それで、お前はどうなんだ?」
言葉は時として脈絡を欠く。しかしそれはごく自然な流れとしてその場に受け止められた。
サンジもまたゾロを見る。そしてようやくお互いの視線が絡む。サンジはなお笑みを崩さぬままだった。
「さあ、な」
嘯いたのは何ゆえか。
ゾロが一瞬の戸惑いを顔に表したその刹那、サンジは銜えていたタバコをそっと海へ投げ捨てた。ゆるゆると昇る煙ごと暗闇の中へ落ちてゆくさまは当然のことながら見えるわけもなく。
遠くで火の消える音が聞こえた気がした、そのときにはもうゾロも小さく笑みを浮かべている。
ごと、と酒瓶が倒れて鈍い音を上げた。
そしてそれはまさに瞬きにも満たない間であったろうか。
不意に顔を近づけ、不敵に笑むゾロの下唇を、サンジはそっと舐めた。
「欲しいなら奪ってみろよ」
驚く間も与えずに言い放つ、それは告白なんて甘いものでもなく、挑戦と言うに近かった。
倒れた酒瓶からは中の酒が零れて甲板の上に広がり、やがて木目に染みてゆく。そんな状況を気にするわけもなく、ゾロはまるで酒でも味わうかのように己の濡れた唇を舐めた。
そしてまたにやりと笑う。
「上等だ」
空も海も変わらず暗幕の中にある。そしてその幕が上がるにはまだ早い。
波は変わらず存在を主張するように鳴き続けているが、そんなものを気にしている余裕はもはやどちらも持っていなかった。
船が揺れる。それは揺り篭のようでもあり、また誰かのこころのようでもある。
ゾロはサンジの後頭部に手を滑り込ませ、ぐいと引き寄せ噛み付くように口付けた。
夜はまだ明けない。







初ゾロサン。いや前から好きなCPだったんですけど。
今回の文章は割と気に入っている方なのですが・・・一度間違えて消してしまい書き直したりしたので・・・うーんやっぱりやや納得いかないところもありつつ。
裏テーマは告白はしない二人、とか。なんかこの二人はお互い強くいて欲しいなぁなんて。
師走さんに捧げます!




















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