三日月の下で


青の王都・ブルメシア。
 常に雨の降るこの国は数年前、アレクサンドリアの襲撃があり壊滅状態に陥った。
 だが現在はかなり復旧し、取り敢えず国民の最低限の生活水準は保てるようになった。
 それと時を同じくして、それまで家を失った人々に向け解放されていた、一番被害の少なかった兵舎がまた兵舎として使用される事となった。
 ここに、名物となりつつある竜騎士のカップルが一組。
 最強の竜騎士と名高いフラットレイ。
 彼に次ぐ強さと、女性として初めて竜騎士となったということで有名なフライヤ。
 この2人の仲を知らぬものは既にブルメシアには存在しないと言っても過言ではなかった。


 今宵もまた、窓からの訪問者がある。
 彼女の方も心得たもので、窓を開けておくのは勿論、三日月の明かりのみが照らす宵闇で彼が危険に晒されぬよう、窓前の数cmの出っ張りを薄く照らす蝋燭を用意していた。
 彼女自身も普段の装備ではなく軽い衣を纏っただけの姿である。
 高鳴る鼓動を抑えようと努力しつつ、約束の刻を待った。

 ふっと、窓に黒い影がよぎり、そして入ってくるのは。
「……お会いしとうございました、フラットレイ様」
 他の部屋に聞こえぬようにと声音を抑えたフライヤだが、2人の関係も、フラットレイが3日とあけず愛を交わしにフライヤの部屋に通ってくる事実も周知の事なので効果のほどは怪しい。
「私もだよ、フライヤ。……あの時以来、私の心からお前の姿が消えたことは……」
 無い、と言いながらフライヤに軽くキスをするフラットレイ。
 しばし見つめ合った後に、今度は深いキス。
「ん……」
 かくり、と膝を折りくずおれそうになるフライヤを抱きとめ、フラットレイは毎回思うことにまた思いを巡らす。
 もし、真っ最中に敵襲があったら……。
 だがその全く色っぽくない考えをすぐに振り払うと、注意深くフライヤを窓辺に立たせた。
 左手は背に回したまま右手の指をボタンにかけるフラットレイに反応するフライヤ。
「窓のそば……ですか?」
 まだ声音はしっかりしているが鼓動は痛々しいほどに速まっている。
「見えはしない。……覗く者もおらぬ。大丈夫だ」
「しかし……そこに窓があるというそれだけの事で」
 面映ゆいのですが、という言葉はフラットレイの唇によって封印された。
 頭の芯に響くような感覚に抵抗を止めるフライヤ。
 それを良い事にどんどん彼女の衣のボタンを外し、遂にはフライヤの白い肌を全て月光に晒した。
 それに至り、やっとフライヤの唇を解放する。
「ふ……ぅ…」
 既に意識が飛びかけているフライヤだったが、1糸纏わぬ自分の姿と、やはりいつの間にか自分の服をも滑り落としていたフラットレイを見、白い肌を朱に染めた。

 窓から差し込む三日月のみが照らす暗い部屋に、白く浮かび上がるシルエット。
 目を凝らしてみると、その白い肌はうっすらと赤味をおびているのが解る。
 包み込むようにその身体を抱き締める、もう1つのシルエット。
「……面映ゆいゆえ、あまり見ずにおいてはくれませぬか……?」
 震えるか細い声での哀願にも応えず、むしろきつく抱き締めその存在を確かめるような素振りを見せ、フラットレイはフライヤの耳元に囁いた。
「美しいものはじっくり眺めるべきだ」
 その言葉にいっそう肌を朱に染めるフライヤ。
「……あまりいじめないで下さい」
 心外だ、とでも言うようにフラットレイは、フライヤの額に口付けると言った。
「おや……心のままを口に出しただけだが?」
「私にはいじめているようにしかとれませぬ……今も」
 窓辺に立たせるなど、と、言う声は既に消え入りそうだ。
「……なら、向こうへ行こうか?」
 と、フライヤを抱き上げるフラットレイ。
 当然のようにそちらには寝台が控えている。
 壊れ物を扱うように優しくそっと寝台に下ろされたフライヤは、その白銀色の髪を慈しむように撫でるフラットレイに少しずつ身体の緊張を解いてゆく。
 それを見計らったようにフラットレイは、手探りでいつもの道を辿り始めた。
 指先で、線をなぞってゆく。
 と同時に、いくつもの場所に口付け、舌を這わせる。
 闇にうっすら透かし見ると、フライヤは何かに耐えるような表情で、時折ぴくりと身を震わせる。
 呼吸が速まるのと同じように、瞳が潤んでゆく。
 身に与えられる刺激より、その相手がそういう事をしていると思うことが尾の先から首筋へと電流を走らせ、頭の芯を痺れさせる。
 抑えきれずに、声を漏らすようになる頃には彼女のその聖域は足を踏み入れられる事に対する用意が整っていた。
「…んっ……あ…フラッ……レイ…様」
 目でそれを訴えられ、わざと焦らしてみようと悪戯心を起こしたフラットレイだったが、いつまでたっても慣れぬ彼女の初々しい所作にこらえきれなくなり、きつく抱き締めるとその聖域に侵入した。
 一瞬の抵抗の後、すんなりとその侵入者は受け入れられた。
 圧迫感に息を詰めるのも一瞬。それは次に広がる溶ろけるような感触への入り口だ……。

 《聖域への侵入者》 から《聖域の守護者》 へとその身を変えたフラットレイは無上の優しさでフライヤの髪を愛撫しながら、耳に口付けるようにして囁いた。
「愛している」
 愛しているよ、フライヤ。
「わた……しもで……」
 気が遠くなりそうな感覚の中言葉を返そうとするのだが、舌が回っていない。
 フラットレイは微笑み、言った。
「……喋らなくとも良い」
 何故なら、と、また彼はフライヤの唇を塞いだ。

 そして……遂に、フライヤの意識は彼方へ飛び去った。



 部屋に漂う良い香りに目を覚ましたフライヤは掛け布が滑り落ちぬよう注意しつつ身をおこそうとし……。
 とさ。
 背を走る痛みにまた寝台へと逆戻りした。
 その理由に思いを巡らせ、どうやら昨夜、相当きつく背を反らしたのだろうということに思い至り、改めて頬を赤らめた。
 先程の音に反応してか、台所からフラットレイがひょいと顔をのぞかせた。
「もう少しゆっくりしていても良いのだ……が、丁度良かった」
 今、丁度コーヒーをいれた所だ、と両手にカップを1つずつ持ってきたフラットレイはそれを寝台の側のテーブルにのせた。そしてフライヤをあくまでも優しく、手を引き、起こした。
 髪を撫で、軽くキスをすると、フライヤにコーヒーの入ったマグカップを渡す。
「……1度やってみたかったのだ」
「何をですか?」
「夜明けのコーヒー」
 その一言を聞いたフライヤは思わず口に含んだコーヒーを吹き出した。
「フ…フ…フ…フラットレイ様……!!」
「…元気そうだな、良かった」
 あまりといえばあまりに脈絡のないその言葉にフライヤは固まった。
 昨夜はいつにもまして激しかったから体のほうに負担がかかっているのではないかと思ったのだ、と笑いコーヒーを飲むフラットレイにやや恨みがましい目を向ける。
「……今日は仕事にならぬやも知れませぬ……」
 腹筋と背筋と腰とが、昨夜の過負荷を訴える。
 よろめきつつもシャワーを浴びようと立ち上がるフライヤにフラットレイが声をかける。
「1人では大変だろう、手伝おうか?」
 ……申し出を受け入れれば何をされるか解らない。が、いえ結構ですと答える声にもやや疲労の色が見える。
 それに気付きつつもそうか、と言いフラットレイは窓の外に視線をやった。
 つられて窓の外を見るフライヤ。
 その一瞬にフラットレイはフライヤの背に回り込み、抱き上げた。
「あっちょっフラットレ……」
 また唇をふさいでしまうフラットレイ。そして脱力するフライヤ。
「なに……を……」
 フライヤの問いにシャワーを浴びるんだろう、私も浴びたいと思ったのだ……と答えてフラットレイはそのまま浴室に直行した。
 中からはフライヤのくすぐったそうな声と溶ろけそうな声と怒ったような声が聞こえてきたそうな……(となりの部屋の住人Dさんの証言)。

 結局フライヤはその日は欠勤せねばならない状態になり(フラットレイ様のせいですよ……本人談) フラットレイはフライヤの部屋の窓から飛び降りるのを目撃され質問攻めにあい、しかしそれでもこの夜の訪問→朝帰りは欠かされる事は無かったそうな……。
 めでたしめでたし??

「何がめでたいのじゃ!」
「愛し、愛しあえるというのは素晴らしいことではないのか?」
「……フラットレイ様がそうおっしゃるなら……」


             ちゃんちゃん♪





フライヤさんが可愛らしい・・・フラットレイ様でなくとも食したいですね!
梅さんありがとうございます!




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