ローンアゲイン、ンダフルワールド



 彼が死んだ。

 静かに、とても静かにその日は訪れた。
 俺は相変わらず花束を片手に部屋に入り、そしてすぐに察した。冷たく止まった空気が刺さる。赤い花は床に散らばった。
 しんとした空間のなかしばらく立ち尽くす。そうしてやっと片足を踏み出したその瞬間に、今までのいろいろなことが頭の中をめぐりまた足が止まる。そんなことを繰り返し、一歩、また一歩と、あらゆる思い出が目尻を伝い流れながらようやく彼の傍まで来てみれば、こんな俺とは正反対にとても穏やかに眠っていた。
 独りでこんなにも感情に覆われている俺を、きっとこっそり陰で笑っているのだろう。そんな風に思えるほど、彼は彼がずっと抱えていた不安や葛藤や不安定だったもののすべてから切り離されていた。
 表情も、暖かさも、吐息も。昨日までは弱々しいながらも確かに彼がそこに在るために存在していたものが完全に無くなっていて、ああ、彼は死んだのだと実感させられる。
 そして俺は心の奥のどこかでほっとした。

 窓辺の花瓶は役目を終え、今は空のまま陽を浴びて部屋の床に影を落とす。
 毎日毎日生けては枯れた赤い花の亡骸たちが積まれた家の裏の小さな墓場に、またひとつ亡骸が増えた。
 掘り返した土の中を、せめてもの餞にと花で埋め尽くした。彼が愛した赤い花となら、きっと穏やかに眠れるだろう。
 不器用な執着心でこの世界に在りたいと強く足掻いた彼が、ようやくこの世界のなかに還る。そんなことを思ってまた目頭が熱くなる。きっとこれは素晴らしい結末だ、彼にとってのハッピーエンドなのだと言い聞かせる。
 たくさんの思い出や感情や愛といった、俺のすべてを最後にめいっぱい与えるつもりで、土の上にさらに花弁を撒いた。小さな墓は紅に彩られて、きれいだった彼の目元によく似ていた。

 彼がいなくなった世界で、それでも俺はまだ生きている。それはとても幸福で、俺にとっての未来はまだこの先にある。
 あの樹の中で、俺は彼のすべてを貰い受け、そしていま見届けた。あの花瓶と同じように、今日までの役目を終えてしまった。
 それならば、俺は俺の未来を託す場所へ帰らなくてはいけないのだと思う。いつか帰る場所はここではない。
 俺が離れて彼は怒るだろうかと考えて、すぐにそんなことはないだろうと思い直す。俺が彼の過去のすべてを受け入れたように、彼もきっと俺の未来を受け入れてくれると勝手に思い込んでいる。勝手ながら、でもきっとそうだと確信を持って言い切れる。

 ありがとう。俺は彼を愛していた。
 そしてバイバイ。

 俺はまた一歩を歩きだす。







くっっっそ久しぶりに書いてみました。ジタクジャ(たぶん)。
大昔に書いた『メメント・モリ』のその後〜FF9本編ED直前のイメージです。
どうしてもクジャには死というキーワードが似合うのです。




















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